世界で活躍する日本人選手がその競技を始めた年齢は?

 世界最高峰のプロ野球リーグであるメジャーリーグで「ベーブ・ルース以来100年ぶりの逸材!」と現在アメリカ中を席巻している大谷翔平選手。来週開催されるオールスター戦では、史上初の二刀流出場が決定するなど、彼の日々の活躍は多くの日本人に夢と希望を与えていることでしょう。

 では、大谷選手のような世界で活躍する日本人のスポーツ選手が、いつからその競技を始め、そしてどのように育っていったのか?今回、さまざまなスポーツの代表的な選手を調べてみました。

野球:大谷翔平選手 → 7歳

 1994年7月5日生まれ。27歳。小学2年生のころから野球を始め、投手として全国大会への出場を経験した。中学校に上がると、父がコーチを務める硬式のクラブチームに所属。高校は、地元の花巻東高校へ進学。高校2年生の時には怪我のため投げることができなかったが、3年生の春には甲子園出場を果たした。そしてドラフト会議で北海道日本ハムファイターズが1巡目指名、プロ野球選手となった。

サッカー:久保建英選手 → 3歳

 2001年6月4日生まれ。20歳。3歳の時、サッカーを始める。2009年、パンフレットに「MVPに選出された選手はバルセロナと試合が出来るチャンスが与えられる」との告知を見て参加したFCバルセロナキャンプでMVPを獲得。2011年、FCバルセロナの下部組織の入団テストに合格しスペインに渡る。しかしFCバルセロナがFIFAから18歳未満の外国人選手獲得・登録違反による制裁措置を受け、この影響で2015年に日本へ帰国。2017年、16歳5ヶ月22日でJ1リーグデビューを果たした。

ゴルフ:松山英樹選手 → 4歳

 1992年2月25日生まれ。29歳。ゴルフを始めたのは4歳。日本アマチュア選手権に出場するほどの腕前を持つ父に連れられて行った打ちっ放しの練習場でクラブを握る。地元の中学校から新2年生になる春に、充実したゴルフ環境を求めて高知県・明徳義塾中学に転校。以来、明徳義塾高、東北福祉大学卒業までゴルフ部で寮生活を送る。2011年の国内ツアー「三井住友VISA太平洋マスターズ」を制し、倉本昌弘選手、石川遼選手に続く3人目のアマチュアでのツアー優勝。2013年にプロへ転向した。

テニス:錦織圭選手 → 5歳

 1989年12月29日。31歳。初めてラケットを手にしたのは5歳の時。父と9歳になる姉と一緒に地元の公園でボールを打ち始め、2ヶ月後には公園のテニスコートに通いだす。テニスを始めてから約1年後、テニススクールに入会した。小学4年生の時、中国地方代表として全国小学生テニス選手権大会に出場。6年生になると全国小学生テニス選手権大会で全試合ストレートの完全優勝を成し遂げるなど、全国大会三冠を達成する。その後、中学生でフロリダのIMGアカデミーにテニス留学し、世界のジュニアサーキットを転戦。2007年、18歳の時にジャパンオープンでプロ転向した。

卓球:伊藤美誠選手 → 2歳

 2000年10月21日生まれ。20歳。2歳の時に初めて卓球のラケットを握り、4歳の時には卓球日本男子エースの水谷隼選手の父である信雄さんが代表を務める卓球スポーツ少年団に入り指導を受けるようになる。同年、全日本卓球選手権バンビの部(小学2年生以下)に初出場。小学校を卒業するまで1日6時間以上も練習していた。その後の活躍も著しく、国内世界問わず数々の大会にて最年少記録を塗り替えた。

フィギュアスケート:羽生結弦選手 → 4歳

 1994年12月7日生まれ。26歳。4歳でスケートを始める。スケート教室に通っていた姉の練習についていったのがきっかけだったが、目的は喘息を克服することにあった。小学4年生の時に、ジュニア以下の選手が出場する「ノービス」の全国大会で初優勝。中学生時代は全日本ジュニア選手権で3位を獲得するまでに。そして高校1年生の時にシニアデビュー。四大陸選手権では史上最年少で銀メダルを獲得。そして高校3年生の時、世界的な名コーチのいるカナダに練習拠点を移し指導を受けたことで才能が開花。2014年、19歳の時、ソチ五輪でフィギュア日本男子では初の金メダルを獲得した。

人も、場所も、育てることが大切

 このような選手がダーツで誕生する未来から逆算すると、やはり幼いころからダーツに親しむ環境をつくり、育成環境を整えていくことこそ、スポーツダーツプロジェクト最大のミッションだと考えています。

 20歳になった時にダーツバーでデビューをするのではなく、子どものころからスポーツとしてダーツに親しむことで、だんだん競技思考を高めていくもよし、大人になってバーで楽しむのもよし。いろいろな選択肢が増えることでダーツが文化になっていくのかなと思います。

この記事を書いた人

長嶋監督

長嶋監督

どうやってより多くの人にダーツを楽しんでもらえるか、オンもオフも、趣味として考えています。